おもろいはなし・きになるはなし


子供が小さい頃、自転車を盗まれました。
福岡から転勤で東京に行った親友に電話したら
「ダイエーの前にあるのじゃないの?」
行ってみました。なんとあったのです!!!!!

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人件費節約ということで機械化したりIT化して
今は、働く場所がない人々があふれています。
経済学者は予測できていただろうに、なんとも
できなかったの????

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おもろいはなしや、きになるはなしいろいろあります。

終戦直後の愛媛の田舎町で経験したおもろい話に
夫は自分だけが聞くのはもったいないと言います。

母から聞き取り調査した満州からの引き揚げの様子
は是非、子供たちに知ってもらいたいことです。

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1955年頃、近所のお友達の家で、友達のお父さんが
逮捕される瞬間を見てしまいました。当時めったに
見られない、友達の両親のベッドの上でぴょンぴょン
遊んでいたときです。今、思うとなぜか茶の間に注射器
があったのよね。
  

2002.9.23
先日、宇宙軒で隣のテーブルにいた女性・・娘の友人
関係の方・・・ここまではわかるがお名前が???会釈は
したけど誰?
そして、今日山で知らない女性とすれ違い山では必ず
「こんにちわ」・・その声を聞いた瞬間に、先日の宇宙軒の
女性の名前から、エピソードまでザクザク思い出す・・・
人間の脳の神秘に感動!!



香椎の仙人に取材したところ
「記憶のメカニズムはちかいうちに分かるかもしれんが
記憶の再生のメカニズムは簡単にはわかりゃせん。
記憶するときにはタグも一緒に記憶しとる。タグを
ひっぱりゃ記憶が出ておじゃる。
きっとタグをばふんだんじゃろ。
記憶はタグのウェブじゃろかい。ニューロンのウェブじゃろ。」
              げな!!



何のために生きるの?
大学生の息子「自分の将来を見てみたいから」
娘「いろいろなことをするため」
仙人「たゆとうため」
私は?

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新発見
クラッシクギターでロックの「stairway to heaven]
の練習をしていたら、低音弦が切れた!!
新しい弦が無い、しかし、昔、息子がやっていた
エレキギターの新しい弦があった。
「意外といいかも」と思い張ってみた。
そしたら、いい、とてもいい!!
曲によくあう。
こんなことする人は私だけ?




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癒されます
息子のベビーの写真と夏川りみのcd
心が寒い時、底なしの不安におちそうになるとき
暖め、ひっぱりあげてくれます。ありがとう。





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「無事ですか?」
子供たちは成人して家を離れ、それぞれ独立して
自分の力で生きています。立派な親離れ・・自立!!
それは素晴らしくとても嬉しいこと。。しかし、母親は
子離れがなかなか・・まあ、それも時間が解決してくれ母親も
すきなこと見つけてある意味解放感を楽しむ。。
だけど、やはり、「音沙汰ないけど元気なのだろうか?」と
不安がよぎる。そこでわたしは携帯メールで
「無事ですか?」と送信。。
すると、簡単明瞭「無事です」。。
携帯メールありがとう。
拉致事件の家族は「無事です」のしらせがないまま20数年
そのつらさははかりしれない。


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母の話
雨がふる日曜日、外出する気もしなくて愛媛の母に電話した。
始めは元気のない声だったのが、昔の話をするうちに元気が
でてきた。歳をかさねてこられた方にはその人のこれまでのお話を
していただくと「毎日がつまらない・・」と気持ちが沈んでいらっしゃる
方も、いろいろお聞きして話をするうちに、自分の人生を
つむぎなおして心が安定してくださる。共感し、敬意をもって
お話を聞いた。

1944、11,3に愛媛西条市から門司へ、門司からプサンへ。
そしてプサンから満州の鞍山へ
手紙と写真での見合い相手のわたしの父のもとへの
母の嫁入りだった。母の姉が同行して4,5日後には
その姉は帰国したそうな。

父は1936年に満州製鉄所の募集に応募して渡ったそうだ。
はたちちょっとの若者だったのよね。
鞍山では日本人用の社宅で戦時中ではあったが
3階建てのrc建築だったよう。3kで風呂もあり
暖房はペーチカで暖かだったとよ。
昼間は、社宅はおなじ年頃の若い主婦が多かったので
買い物、おしゃべりとさびしくはなかったそうです。

そして、終戦後、わたしが生まれて・・まだ乳児の状態で
引き揚げということになった。
鞍山からコロ島まで無蓋貨物列車
コロ島では船がでるまで1家族1畳のスペースを与えられ
4,5日待ったそうです。
リバティ型のアメリカの貨物船の船底に詰め込まれ
1週間かかって舞鶴に着いたそうです。そこから
母の実家までの切符と3人分3000円を
もらって帰省です。
父は貯金もがんばってしていたそうですが・・
それだけだったそうです。
貨物船の中では、子供がどんどん亡くなり海へ捨てられたそうです。
オムツはとうぜん十分なはずもなく、それより母乳もあまり
出ない状況で、わたしは元気に連れて帰ってもらうことが
できたのです。中国残留孤児のニュースを見るたびに
両親に感謝の気持ちいっぱいで目頭があつくなります。

その私が存在したおかげで、わたしの子供たちが存在し
さらに、その子供まで誕生できたのですもの。

命が受け継がれていくのですね。
また、母にいろいろお話して頂いた事少しずつ
書きたいと思います。

補足
引き揚げでは・・・歩けない子供は
亡き者にして庭に埋める
中国人に託す
それと、苦労だが連れて帰る
連れて帰る道を選んでも
途中で亡くなるケースがもろ多い!!
そんな、環境で無事帰国できた私の運の強さ
生命力の強さに感謝です。
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スペイン・リーグ
我々の最近の夜の楽しみ・・衛星放送で深夜に
やっている「サッカー・スペインリーグ」をビデオにとっておいて
夕食後に見ること。
ワールドカップよりレベルの高いプレイに酔いしれている。
Rマドリードはジャイアンツのごとく世界中から
スター選手を集めているからすごすぎてかわいくない。
べティス:Rマドリードでは前半のロスタイムに競技場が
停電になり、後日、ロスタイムからやりなおした。
ボールをとったら15秒以内にシュートすると
成功率が高い・・とか、解説者の話が自分の
ものになってしまい「15秒以内にいかないからだめなんだよ」とか
えらそうに言いながら、夫とふたりでもりあがって
華麗なプレイを堪能している。


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母のはなし・2・
前述の引き揚げのはなしを母は「えらい簡単に書いたね!そんなもんでは
なかったよ。でも、まあ、簡単にかくとああいうことだったよ。」
@@@
終戦になると、日本人と現地の方との力関係が逆転したそうです。
母は洋裁ができたので、乳児の私を連れて毎日、奉仕で洋裁に
来ることを求められたそうです。不思議なことに乳児のわたしは
一切泣かなっかたそうです。それで、向こうの方が「大変な状況を察して
泣かないいい子」ということで、母にもわりとよくしてくれたそうです。

父たち男性は、内乱による死体を運ぶのにかりだされたそうです。
3日間も寝ないで、させられたそうです。帰宅したときは心身ともに
疲労困憊でぬけがらだったそうです。

引き揚げまでは、毎日のように暴動がおこり、父が親しく
していた、向こうのかたでお金持ちのかたが自分のところに避難するように・・
と、言ってくれたそうで、父もそうするように言ったそうですが
母は「どうせ死ぬのなら、この社宅で三人で・・」と
拒否したそうです。・・・・・・!!!!!
その翌日、そのお金持ち一家が、暴動で全員やられた・・
と。。。

母の気持ちが三人の命を救ったのです。

母の世代の方々はすごい経験をされてきたものです。
だけど、母は「今のほうが大変と思う。とくに子供たちが・・」と
言います。教育とか、環境とか、食べ物の心配・・などなど。

母は孫は全員無事成長して、平和にやっているので
なんとか「ひ孫・・三人もいます」が元気に大きく育ち
幸せに暮らせるよう・・それだけが心配と言っています。
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長男の愛妻
から、なんと、宅急便で彼女お手製のケーキが届きました。
それで、早速、夫といただくわけですが・・・そこはIT時代・・
三脚にデジカメをセット、セルフタイマーで「あーん」と食べているところ
を、パチリ・・。もちろんパソコンで写真を添付してメール送信!!
送信先は、ケーキを贈ってくれた彼女!!まるでリアルタイム!!
ドコモの次世代携帯・・・FOMA・・・は、テレビ電話だから
こんなときほんと便利だろうな!!
早く欲しい。それまでは、デジカメ写真添付メールを活用しようね。

とっても美味しい愛情あふれるケーキでした。


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「成田です」
長女は、海外出張のとき、必ず成田からрオてくれる。
この秋もアメリカの次、今回は北京だとか。
「今、成田です。北京へ出張で、一週間の予定です。」
「必ず、無事に帰りなさいね。おみやげ買ってきてね」
毎回、おんなじやりとり。おみやげはもらったことないけど
毎回、ちゃんと無事に帰国してくれる。
インターナショナルな時代になったもんだね!!



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母の話・の・付録
私のホームページ公開は、子供たちに私がどんなことに関心を
持っているか、どんなことを楽しんでいるかを、それぞれの都合の
いい時間にのぞいてもらえる・・・ということで、始めました。
子供たちはエアロや登山など、喜んで読んでくれたが
とりわけ「母の話」に関心を示しています。
やはり、自分のルーツ探しにつながるからかもしれないし、
歴史を、祖母の生の経験談として知る驚きかもしれない。

一方、母は自分の話がホームページに載って、いろいろな人が
読んで下さったことに、はずかしがりながらも、歓び興奮している。
以前は「痛い、具合が悪い」などの電話がほとんどだったのが
最近は「こういうことも思い出したよ」と、たびたび電話してきて下さる。
最近は引き揚げ後の生活も、よく覚えていてはなしてくれる。

どんな人の人生も「ドラマ」を作れるほど、いろいろなこと
ほんとうにいろいろなことがあって、進んでいく。
高齢者の方は「歴史のかたりべ」
昭和・平成と、世の中を見てこられて
どんな感想をもっていらっしゃるのか
是非、お話を伺いたい。


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兄弟・兄妹・姉弟
ちょこっと、おちこんだ日曜日、長女から「今、成田に着きました。
元気です」と電話。。。さっそくその旨を長男と次男にメール。
すると、すぐ長男から「よかったね。」と電話がくる。次男も
バイトの昼休みにランチを食べに帰ってきて「そりゃ、よかった。で、ねえちゃん
どこへ行ってたんだっけ?」その、のどかさがここちよい。

ふだんは自分の生活でいっぱい・いっぱい!!
でも、やはり、妹・姉のことを気にかけてくれていたのね。
あったかい気持ちになったよ。
おちこみからぬけだしたよ。
やはり・・こどもは宝だね!!




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女性の生き方
ニコニコ掲示板に若いママからの書き込みがありました。
社会に出て働きたい・・だけど子供のこと、特に健康面が心配で
家庭にとどまり子供たちの健康を見守る・・

男性は「一生働き続けて家族の生活をまもらねばいけないから
そのプレッシャーのほうが大変」とよく言います。
でも、働きたいのに選択をせまられる女性の苦悩も
つらいものがあります。

私は、30すぎまで子供を保育所にあずけて働きました。
当時の育児日記を読むと、産休(産前・当日・産後で85日)後すぐから
あずけたので、もう、子供は病気の連続!!
苦しい思いをしましたが家庭の事情でやめるわけに
いかずがんばりました。

その後、リストラにあい、10年間は三人の子育てを
家庭で。。。やはり、疎外感や、何かしたい、自分をいかしたい・・と
いつもいらいらしていました。数学の勉強をしたり、点字を習ってみたり
していましたが。やはり、経済的に自立していなもどかしさ
はつきまといました。

次の10年は数学をいかして家で仕事をしました。朝から晩まで
机にむかって数学です。その姿を見て受験生だった子供たちは
「お母さんの集中力はすごい」と感心してくれたものです。
子供の様子を見ながら仕事ができてよかったですよ。

子供たちは学校から帰ると仕事しているところに「ただいま」と挨拶に
きてくれました。

長男が高校卒業式の日、「毎日、学校から帰った時、お母さんがいてくれて
救われた。みんなが高校を卒業するまでは家に居てやってね」とお礼の
言葉を言ってくれたのです。

これほどうれしい言葉はないよね。

ずっと、会社で働いていたら、もっといい展開になったかもしれないし
それはわからない。

今、数学の仕事もやめ、全く悠悠自適

こんなふうでしたが、後悔はまったくないのよね。
その時期・時期で、一番いい方法で暮らせたのかもしれない。

病気の子供をきちんとケア−してくれる
安心して子供をあずけられる保育所が
できることが働くママの夢!!


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「住宅問題」
昭和20年代から30年代は「住宅困窮時代」
昭和40年代は「住宅難時代」
学生時代「住宅問題」という科目があって
その最初の講義で習ったことを
いまだに覚えている。
戦後は、空襲などで、極端に住宅が不足して
6畳に8人が住んでいたりしていた。「住宅困窮時代」

公団、公営のいわゆる団地ができはじめたが
当初はせいぜい2dkだった。戸数が絶対的に不足して
抽選にあたるのに一苦労!!
これが「住宅難時代」
私も、結婚当初民間のアパートで風呂もないのに
家賃14000円だった。
公団の空家募集に応募すること5年でやっと
2kの団地に入れた。。家賃7500円
モチロン給料は30000円くらいの時代!

住宅・集合住宅の設計をしていて、大銀行の
頭取の邸宅を設計していたのが民間アパートや
2kの団地に住む若い女性建築士だったとは
お客様も知らなかっただろうなあ!!

一軒だけ、自分が設計にかかわった住宅で
はっきり目に浮かぶ家がある。
眠れないとき、その家を頭にえがくと眠れたりする。
それは、建てぬしの奥様と、私の感性が一致して
奥様はもちろん満足して下さったが、私自身が大好きな
住宅だったから。。。


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ついに遠近両用
40代後半から「読書グラス」を使用してきましたが
今回、ついに遠近両用を購入!!
遠近両用グラスのレンズは上の写真のごとく摩訶不思議なる
しろものなり!!
2メートル以上離れたところを見る場合・・・・A
1メートルから2メートルのところを見る場合・・・・B
30センチから50センチのものを見る場合・・・・C

はたして、そんな器用なことができるっちゃろか?

点線の部分はプリズム状態とか!
今夜は、まだヘタクソで、茶碗もお皿も、楕円形に見えた。

刻々と老化がしのびよる!!
しかし、負けるわけにはいかないったい!!

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ふたたび何のために生きるの?
プールのジャグジーでのんびりと高齢の方々と
いろいろなお話をする。子供を育てて、社会に送り出し
自分の仕事も終えられた方たちは、毎日どんな思いで
暮らしておられるのか?

答えは、どなたも「今日一日を楽しく暮らす。」とおっしゃいます。
これって、簡単そうでけっこう自分の積極性や行動力がいるよね。
でも・・・これが一番大事なのかもしれない。

「夢」があって、その夢を実現したい・・で、努力する。
これも、大きいポイントで、毎日が楽しい・・は、夢に
つながっていればもっと楽しいにちがいない。
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kbcラジオテレホン人生相談
自宅にいる日は必ず聞くラジオ番組
心に残るフレーズ集



*義務ではなく、権利だと考える
*天は欲するものを与えず、必要なものを与える
*自分のいいところ、自信の持てることを拾い集めてみよう。
いろいろアタックすると見えてくる。
*良い子はたいてい淋しい子です。
*男の優しさは気持ちの大きさ
*変えられない事はそのまま受け入れよう。
*子供の心によりそってあげましょう。
*子供はさりげない優しさを求める。

**口うるさく言う前に夕食に一品だけ多くつくってあげましょう。
*口うるさい母・妻はよくありません。さりげない優しさのみを
求めているのです。
*心に葛藤のある人はストレートに表現できない。

*男の子の男性らしさは父親からしか学べない。
*母親は優しく・父親は強く・・

*男女関係で、あいまいさが一番よくない。
*目的観を持つと、力が出てくる。。。これが人間性の
成長。そして自信ができる。

*誠実に徹するとき、人生に恐れるものなし
*自分は必要とされている人間だと思えると生きていける。

*人生を動かすのは事実よりも、事実に対する解釈

@@@@@ラジオを聞きながら、ポイントをメモしていたら
小さいノートいっぱいになってしまいました。@@@@@@@
今夜はここまでにしましょう。



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易きに流れる!
先日、エアロのコーナーに、書きながら「変だな?」と
思いながら、まあ、ルネ友達の話だから、まあいいか・・と
「五木寛之」作品のことを書いた。
早速「運命の足音」を購入!!
その横に、夏樹静子著「量刑」を発見!こちらも購入!!

さて、どちらから読むかということになると713ページ・1300枚の大作
ながら、やはり「量刑」を選んでしまった。
「運命の足音」は戦後57年、胸に封印して語りえなかった悲痛な記憶、
驚愕の真実から、やがて静かな感動と勇気が心を満たす・・と、
帯に書かれているように、ちょっと覚悟を決めて取り組まねば
ならない気がして。。。

そのてん、やはりミステリーは気楽に楽しめる。
めちゃ、おもろい!!
今日は、子供たちが成人してからはあまりいただくことの
なかった・・・ムショウに食べたくなった「ハンバーガー」を
買ってきて、食べながら、コーヒーを飲みながら読書を楽しんだ!!



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kbcラジオ・テレホン人生相談
続編
@@@@@@@
*本当の自分をさらけ出そう。過去のことはどうすることも
できない。正直な人間関係が未来をひらく。
*失敗の最大の原因は自己不信。自分の弱点をみつめ
たくないけれどみつめる勇気が必要。
*気持ちが本当なら、愛があれば勇気がでる。
*怒りは愚行に始まり、後悔に終わる。

*意味のある辛抱と、意味の無い辛抱がある。ただ
辛抱すればいいというものではない。
*他人の不幸と心中するな!
*ささいなことから大きなけんかになる。これは、裏に
大きなことがある。
*妻に母親を求める、いくつになっても、5,6才の男は世界中に
たくさんいる。
*妻が友人との集まりに出かけるのを、咎め、怒る夫について。
めざめたら、母親(夫の)の役目を終わるべき。
がまんせずに出かけるべき。家事を果たして、自由に出かける
のは当たり前!!
*おとなになりきれない男性達でこの地球はあふれかえっています。

今夜のフレーズは、少し、深刻でした。
ここまでにしましょう。

海ノ中道公園・
ジェットコースター
人生・・山あり谷あり!

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投票に行きましょう!
昨日、11.17は福岡市長選挙の投票日だった。
次男は、公示があった2週間まえから「投票をよびかけるテープ」を
流しながら、東区内を、車で一日中、スローに走るバイトをした。
バイトが終わる夜には大学に戻り、卒論の作業を深夜まで・・
というハードな暮らしを、2週間やり遂げた。
お金を稼ぐのがどんなにか大変か!
大人は毎日、たとえ、単調でも、こつこつ仕事をして
それが、何年も、何十年も・・・続けている・・ということを
身をもって体験したのでは・・・と、勝手に想像している。
しかし、投票日もそのバイトで自分自身が投票に行けなかった
・・・・矛盾!!


おもろいはなし・パート1はここまでよ。
おもろいはなし・きになるはなし*2に
つづく

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